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『富士山は大きくない』から学ぶ、人が自分らしく生きること

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僕は富士山が大きいと普段感じることはありません。これは本当の話。 

 

結局は大きいことに慣れてしまっているため、大きいことが当たり前になっているんです。

 

何かの当たり前に慣れてしまうと、人は何も感じなくなります。

 

つまり、何を当たり前だと思い、何を疑って生きるのか?情報の価値が無くなった今、自分らしく生きるには正しい情報を見極める必要があります。

 

人が自分らしく生きるということにフォーカスして、常識とは何か?お話しています。

 

この記事でお話していることはコチラ

 

触れているものが必ず常識になる 

 

我々が普段触れているものはそれが常識になっています。

 

例えば、当たり前のように食べる食事、海外に目を向ければ常識ではない国もたくさんあります。

 

10年前に利用していたガラケースマホの誕生によって、新しい常識に書き換わりました。

 

つまり、人は日頃接しているモノや環境に、それが当たり前だということに気づく瞬間が少ないため、常識だと感じる機会損失が多いです。

 

僕が富士山を大きいと感じないのも、普段の生活で見慣れてしまっているように僕の中で『それが常識』となっているためです。

 

今いる職場の環境、付き合っている人、食べているモノ、実は環境に慣れてしまっているだけかもしれません。

 

他の人からしたら、当たり前ではないような情報や景色、環境も全てあなたの中の常識と思うようにしましょう。

 

常識に縛られることなく、自分らしく生きるには、何を信じ、何を疑えば良いのか、自分の判断軸で見極める必要があります。

 

しかし、ある時、常識がないと言われた経験がある方も多いのでは?!その時、納得してしまわずまずは、考えてみましょう。

 

僕は『常識とはなんだ?』と考えることが非常に多いです。

 

常識とは、人が決めた当たり前であり、簡単に書き換わることです。

 

過ごす環境、空間、時代によって常識は変化するものです。

 

ランドセルが赤と黒しかなかった時代から、今では黄色や水色といったような色まで販売されているのは、時代が変化し、常識が書き換わったからなんですよね。

 

しかし、ランドセルを背負っている小学生が登下校で横断歩道を渡ることは常識ではなくモラルになるんです。

  

常識とモラルの違い

 

では常識とモラルの違いとはなんでしょうか?

 

モラルとは、倫理観や道徳意識のこと。世代や状況によって徐々に変化するマナーよりも普遍的な価値観を含んでいる。法令順守はもちろんのこと、適正な出退勤や会社の資産・備品の適正使用など公私の区別をきちんとつけることや取引における公正さなど、公序良俗に反しない行動全般をさす。 管理がルーズになったり帰属意識が弱まると職場内でモラルの低下が起こるが、逆に短期的で表面的な成果を過度に求めすぎると取引面でのモラルがないがしろにされてしまう傾向が出てくる。

                            コトバンク出典

 

わかりやすくいえば、道徳や倫理の事です。

 

モラルは人が生まれてからずっとこの先もきっと変わることがないものです。

 

道徳とは、まさに人の教育で、人間力だと僕は思っています。

 

僕は常識がない人よりも、モラルがない人が嫌いです。

 

モラルと常識は、似て非なるものだと思います。よく言葉の意味を履き違える人が多いですが、モラルは生きる上でのマナー、常識は暮らす際のノウハウだということです。

 

道徳とは人が生きていく上で、守らなければ社会から弾かれ、逮捕されてしまうようなことです。

 

常識は誰かの当たり前

 

つまり、常識とはいつの時代も誰かが言い出した当たり前なんです。

 

モラルは変化しませんが常識は変化します。

 

誰かの考えや習慣が世間に広く知れ渡り、それが当然だと思われたり、承認されて初めて常識になるんです。

 

もちろん、誰が言い出したかもわからなければ、事実に信憑性がない情報がいくらでもあります。

 

だからこそ、自分で判断する軸が必要になると思うんです。

 

人が自分らしく生きるには、何かを信じ、何かを疑い、何かを守らなければなりません。

 

時には大切な人だったり、お金かもしれません、それが常識なの?と出くわす場面がいくらでもあると思います。

 

そんな時、その常識とは、その人の常識というロジックが成立すると思います。

 

常識とはその人の当たり前、何かを食べる時に『くちゃくちゃ』と音を立てる人を僕は嫌いです。

 

食べている人は当たり前にやっていることが、僕の中では気に触ることだって十分にあり得ます。

 

常識とは誰かの当たり前で、簡単に書き換わるもの。常にアップデートする変化することが常識というわけです。

 

まとめ

 

人が人らしく、自分らしく生きるには、常識を疑う癖をつけることが大切です。

 

あなたが今まで生きてきたうえで、『常識がない』人に出会ってきた過去も、それ自体が常識ではない可能性が十分にあり得ます。

 

つまり、あなたが自分らしく生きるには、常識を疑い、モラルを守り、時代に柔軟に対応できる発想力を大切にしてください。

 

生きてきた数十年間を振り返り、何を信じ、何を疑い、誰に嘘をついたのか、千差万別

 

考える力、それがあなたが自分らしく生きるためには必要なことです。

 

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